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No.300 老人にも若者にも必要なこと NIHONBASHI HOT LINE

コロナ2年目から朝の勢祈念と御教え感話をYouTubeで配信し続けております。最近の再生回数はせいぜい動画(編集版)30~50回位、ライブ参加も同じ位なので、足しても100回未満なのですが…。

動画の方は、前後の勢祈念をカットした感話だけにして、内容に応じたタイトルを付け直したものです。そのタイトルのつけ方によって再生回数が結構変動します。その結果でしょうか、1月のある日に、動画再生433回+ライブ39回というケースがありました。動画のタイトルは「老人にも若者にも必要なこと」でした。その日の御教えには若者も考えてみるべき点があると思ったからです。

ただその御教えとは、「元気を出して信心せよ。年をとったのを苦に病むことはない。年をとっても一人前にできるのは信心だけである。信心していると、年を重ねるほど身に徳がついて、神がかわいがってくださり、…」だったのですが。


若い人も元気を出して

大かたの若い人にとっては、「年を重ねるほど身に徳がついて」くるとか、「年をとっても一人前にできるのは信心だけ」と言われても関心が持てないと思います。悩んでいる今に役立つこと、今の問題に効果のあることの方が興味がわくのではないでしょうか。

この日の御教えは確かに高齢者が聞き手となる場面でしたが、その内容は、若い人にも今役立つ大事なポイントが含まれています。

その一つは「元気を出して信心せよ」です。「苦に病む」ことや落ち込むことは、若い人にも、子供にもよくあることです。その時に「元気を出して信心」することが大事です。萎れていないで、沈みっぱなしでいないで、一念発起して、というのが「元気を出して」です。


金光教学院というところでも

先日、20年前に金光教学院で寝食を共にした当時は20代だった先生とお話をしました。私はほんの1ヶ月の短期コースだったのですが、彼は原則通りの11ヶ月を学院で過ごしました。

いろいろと思い出話をしてみると、彼にとって一番大変だった事は、暑さ寒さではなく、一年中同じ人達と同室で起居することの中に起きてくる問題だったそうです。同じ学院生とは言っても、性格や考え方は結構さまざまで、これがなかなかの修行です。

特に、ある人はお風呂が嫌いで、全然お風呂に入らないので臭くて困ったと言っていました。部屋中その「におい」なのです。

また、人間関係でぶつかり合う人もよくあります。昔の先輩方の話を聞いても、誰と誰とは殴り合いの喧嘩をしていたなどという武勇伝まで聞くことがあります。

中には行き詰まってしまい、途中で休学して改めて入り直した結果、数年もかかってやっと卒業できたという人もいます。たった11ヶ月なのですが、一旦落ち込みすぎてしまうとそういうことも起きてきます。そんな時に、どうやって元気を出して信心すればいいのかです。


いろいろな吉良殿

ある先生が良いことを教えてくれました。金光様が「信心する者は決して腹を立ててはならない」と言っておられますが、目の前にはいろいろな吉良殿が現れると言うのです。吉良殿とは、忠臣蔵という赤穂浪士の芝居に出てくる吉良上野介(きらこうづけのすけ)のことです。世の中では世にも悪名高い意地悪じじいとして語られています。

しかし、私たちの目の前には男の吉良殿も現れれば、女の吉良殿も現れる、子供の吉良殿も来れば、おじいさんの吉良殿も来る。しかし、それは皆、神様のお試しなのだ。だから、お試しに負けて腹を立たり、しおれてしまったりしていてはいけないのだとおっしゃるのです。心を常に神様に向けて、神様のお導きの末に良い結果が見えてくるまで神様にお任せし続けていかなければならないと。そして事実、生きた天地の神様におすがりしていると、良い結果が生まれてきます。

これが「元気な心で信心する」姿です。神様に心を向け続けていないと、現実が大変なあまり、「元気な心」でいることができなくなってしまいます。


では高齢者の場合では

この日の御教えは確かに高齢者が聞き手でした。その高齢者には、さらに老化とか、引退後のさびしさという現実が加わります。

先日、ある70代の方が転倒して手を骨折してしまいました。病院に行くと「手術をしなければ治らない」とのことでした。しかし、この方には手術をしたくない事情がありました。

そこでどうしたら良いかという相談がありました。私からは「骨や筋などが再生してつながっていくのはお医者さんにできることではありません。お医者さんがなさるのは、その働きのお手伝いをするだけです。手術が出来ないのならば、そのまま神様になさっていただくばかりですから、より一層に一心を出して神様にお願いしていきましょう」とお伝えしました。確かに相当の覚悟がいると思います。「手術をしなければ治らない」というお医者さんの言葉は、ある意味呪いのように、こちらの気持ちを呪縛してしまうところがあります。

こういう時こそ、手がダメになってしまうことを想定してしまうのではなく、神様が良い方へ働いてくださることを心に強く思い描いてお頼みして行かねばならなりません。


癌の宣告も

以前弘前のSさんは額におできができた時、皮膚癌と診断されました。手術をすることにはなったのですが、さすがに大きな病気だと思い、わざわざ夜行列車に乗って日本橋教会までお参りに来られました。そしてお取次をいただいて、また夜行で帰ったところ、車中でおできのところが悪化するように湿ってきました。そして手術の前日になっておできが破れ、大量の血がほとばしったそうです。その時おできが取れてしまい、翌日手術のために病院に行ったら、傷口を見た先生が、この皮膚癌はもう取れてしまっているから、手術をしなくて良いと言われました。一心にお願いをしていると、生きた神様がそこまでものお働きをしてくださることもあります。

現代は医学が発展してきただけあって、その反面、医学がなければ病気や怪我は治らないものと勘違いしてしまうことがとても多くなっています。私たち信心させていただく者は、まず天地の働きで生かされていることを知って、さらにそこから悪い方を思わず、良い方へ良い方へと気を向けながら、生きた天地の神様にお頼みしていくことが大事だと思わされます。


その骨折も手術不要に

先程の方は早速毎日一心を立てて神様をお頼みしていたのですが、その後事情が変わり、やはり手術をしても良いことになりました。そこで、お医者さんに行って手術を頼むと、今度はお医者さんが手の状態を見て、「これは手術をしなくても良さそうだから手術なしで行きましょう」とおっしゃいました。

あまりのことに本人も大変驚かれましたが、その報告を聞いた私も大変驚きました。そして先日すでに無事ギブスも取ってもらえました。

元気を出して信心をすれば身に徳をつけていただけるとおっしゃいますが、徳以前に、即座のありがたいおかげまでいただけることまで見せていただきました。


老いも若きも

改めて大切なことは、若いうちから心を常に神様に向け、良い方を取っていく心を鍛えていく、悪いことがあってもそれを口にせず、不足を思わずに、良い方を取って、さらにお願いをしていくという稽古です。

その習慣がついていると、若い内から神様のお働きを頂けるし、高齢者になってもまたそういう取り組みがしやすいものです。

もちろん高齢者になってから初めて取り組むという人も大いに結構なのですけれども、若い内からの習慣になっていないことは、やはり少し大変なわけです。

若いうちから常に取り組んでいる。それは高齢なった時のためにというよりも、むしろ若い時から助かることです。

この日の御教は高齢者に向けてのお言葉だったのですけれども、実は年齢を問わずの内容です。要は老いも若きもです。

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