No.315 おかげがあるその訳がらは? NIHONBASHI HOT LINE
- 金光教日本橋教会
- 7月31日
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「信心しなさい。おかげが受けられる」という金光様の言葉はいろいろな方のお伝えに出てきます。そして私の曾祖父は医者も手を離した寝たきりの脊椎カリエスから解放され、妻の祖父母は二人とも盲目から晴眼になりました。ある先生はサラ金地獄から解放され、ある人はキツイいじめから脱出できました。
しかもその「信心」は、しばしば「一心に頼む」ということだけで済んでいる場合も沢山あります。結果だけ追うならば、それで十分かもしれません。しかし、どうしてそういうことが起きてくるのか?私の父にはそこが子供の頃から大問題だったようです。皆様はいかがでしょう?
「信心すれば、おかげがある」…話は単純です。しかもその「おかげ」は、範疇が広く、医師にも、商売の達人にも、教育者にも解決できない難問まで含むのですから、偉大な話です。ただ、おかげがあるその訳がらを掴もうとすると、これには結構悩まされます。
教祖ご自身の話に学ばざるを得ません。 畑 淳





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