「実るほど頭を垂れる稲穂かな」のことわざのように、人間は偉くなったり名声を得たりすればするほど、 誰に対しても頭を下げるような謙虚さと慎ましさを持てるようになることが肝要だ。
金光教には「身に徳がつくほどかがんで通れ」とのみ教えがある。
「身に徳がつく」とはどういうことだろうか?
日々精進を重ね、他者にも思い遣りの気持ちを忘れず、信用を得ていくこともあるだろうが、それと共に常日頃から神様に心を向け、信心の稽古を通して、神様にも人にも喜んでいただける働きを成していくことだ。すると、その喜びの心が信用・信頼を生み、人助けへと繋がり、我が身に徳となってついてくる。
昨今のエライと言われる人達は案外虚勢を張り、頭を垂れるどころか、ふんぞり返っている人を多く目にする。人の信用は得られているのかもしれないが、神様の信用は得られていない。
信心する者は我が身にお徳をいただいて、自然とかがんで通れるような生き方をさせていただきたいものだ。(編集子)
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