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今月のコラム(2026年5月)

信心していれば、冗談にでも悪いことを言ってはならない。


このみ教えから思うことは「言霊(ことだま)」だ。言霊は日本古来より「言葉には霊力が宿っている」という思想がある。

人はつい物事を心配し過ぎては悪いことが起きるのではないか、と不安になりがちだ。先の心配をすることは自然な思いかもしれないが、口にしてしまうと、それを引き寄せてしまうことがある。


人は艱難辛苦の最中にあると、自分だけが不幸の渦中にいて、幸せそうに見える周囲を妬んだり、羨んだりしそうになる。そんな時、口からしんどい思いを吐露してはストレスの捌け口にしている。心に溜まった負の感情を吐き出すことは発散にはなるが、それを人に向けると、聞かされた者は良い気はしないし、むしろそんな話は聞きたくないだろう。


どんなに幸せそうに見える人にだって、周囲には気付かれないだけであって、それ相応の苦悩を抱えているものだ。他人と比較して自分が不幸であると思うこと自体が、負の感情の連鎖に繋がってしまうのだから、自分の立場と周囲を比較しても何の解決にもならない。


生きているとどんなに努力しても叶えられない、報われないことは起きるものだ。そんな時「こんなに頑張ったのに、何も良いことがない!」と愚痴るのか「今回は成果に繋がらなかったけど、これが次回に生きてくる!」と思うかで、未来は大きく変わってくる。私はポジティブ切り替えを心掛けつつ、更にその現実を人には話さず神様に申し上げていく。


結果だけを神様に報告するのではなく、物事を始める前から神様に祈り取り組ませていただくのだが、そうすると、思うような結果が得られなくても、神様にお願いして始めたことなのだから、現時点だけに一喜一憂するのではなく、先を楽しみにしよう!と前向きな気持ちにもなれる。


そこが言霊の力だけに左右されるのか、信心することによって言霊の更に上を行く大きな神様の働きをいただけるかの差が出てくると実感している。


ツライ現実に変わりは無いので、そのことを神様に素直に申し上げ、これを如何にポジティブに捉え取り組んでいけるかを神様に教えてもらっている。すると、ツライことが成就した時の喜び、感動はひとしおだし、それが自身の信心の成長にも繋がっていく。


どんなに頑張っても自分の力など及ばないことのほうが圧倒的だ。ならば最初から神様にお願いしながら取り組むほうが気持ちも楽だし、間違いなく物事は良い方向にしか進まない。


神様に喜んでもらえる言霊が自然と口から出てくるよう、不断の信心に取り組ませていただきたいと思っている。

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