今月のコラム(2026年8月)
- 金光教日本橋教会
- 7月31日
- 読了時間: 2分
ついでに参るからおかげがついでになる。同じように前を通ったのでも、わざわざここまで寄って参らせてもらったという心で、神前へあがって拝礼をしてみよ。神はわざわざのおかげをくださる。
日本橋教会の場合、近くに三越本店があり、東京駅も皇居もそう遠くはない。
家はむしろ遠いので電車で買い物に出たり、友達と落ち合う場所を決めたりすると、行く先が教会の近くになる場合がある。
参拝のために出かけたわけではなく、たまたま目的地とちょっと近かっただけだ。それは、友達や仕事の人と一緒の時もある。
なので、可能なときは教会にも寄らせてもらうが、不都合なときは、立ち寄れないこともままある。たとえ教会の前を通っても、会釈だけして通り過ぎざるを得ないこともある。
ただ、もし一瞬だけでも立ち寄れたならば、神様は特別のおかげを下さろうとしているのだから、それなりの立ち寄り方をしていけと、金光様はおっしゃっているようだ。おやさしい神様だ。
そう言えば、中学生以上になって、だんだんご無沙汰になりがちであった祖父母のところに、ちょっと気まぐれに立ち寄ってみたことがあった。
すると、まあ上がっていけ、これを持って帰れと、思わぬ歓迎ぶりをしてくれたことを思い出す。
だから、祖父母の家に立ち寄った時には、遠慮したりせず「じいちゃん!ばあちゃん!来たよー!」と元気に声をかけ「最近、実情はこうなんだ」と少しでもゆったりと報告までするといいのだと思う。
そうすると、祖父母はさらに、その話を真剣に聞き取り、祖父母なりに考えてもくれる。
神様も同じなのだと思えてきた。
きっと「孫よ、来たか!上がっていけ!」という気持ちでおられるのだろう。(編集子)





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