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No.253 一心になれ、というならば NIHONBASHI HOT LINE

ある方が腎臓結石になった、と言ってこられました。そして、本当に痛かった時には、残念ながら「金光様」とは言えず、まだまだダメだなあ、と思ったそうです。

実は、私も腎臓結石になったことがあり、その激痛の時は、「神様」とか「金光様」とかとは言えませんでした。どうしていたかと言うと、ただひたすら「ワーッ、ワーッ」と叫び声を上げ続けていたのです。

それは不出来といえば不出来ですが、現実、本当に痛い時は、そんなものだと思います。一心に神に縋れ、というので、神前拝詞を繰り返し唱えるという人もあるのですが、本当にすぐにでもそこから脱したい苦しい極地の時、拝詞などはむしろ縁遠いものです。

言えるのはせいぜい「金光様・天地の親神様、金光様・天地の親神様」とひたすら御名を唱えるくらいことです。その必死さにこそ一心がこもるというのが実感です。昔の上人がただひたすら「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と唱えたのとそこはほぼ同然です。   畑淳

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