家の伝統的な宗派から離れ、人が新たに、仏教の〇〇派に入る、□宗から〇宗に代わり、神道の〇〇宮司の弟子となり、あるいは○○教の道に入る。その後、懐妊を願い、子が出来て初参りをし、やがて入学と共に学業祈願をと、子と共に参る。それぞれの家庭でその道の大切さを味わい、受けつないでいく。…みな大事なことであり、当たり前のことです。
もちろん、現代においては、自由に他の良さも、学べる限り、学べば良いでしょう。
それが、昨今では、信仰を親から受けつなぐこと自体が悪いことかのように、「宗教二世」と呼び、問題視しようとしているのは、迷惑極まりないお話です。安倍元首相の事件以来、「霊感商法」や「特定の教団」のことが、「宗教」全部のように言われているのです。
だがそれでもそこを金光様は、「腹を立てるな」「負けておれ」「神が顔を洗うてやる」とおっしゃるのです。それがこのお道です。 畑 淳
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